原子力列車と犬

 はてさて、これから先、実際に私めが見た夢の話。
多少の脚色を施して、いざ綴らん。


 「原子力船むつ」という船がこの世に存在したそうな。
さて、自分はこの船を見た覚えがない。
この船、放射線漏れを起こした揚句、港をたらい回しにされ、最後には原子炉を取り除かれたそうな。
だが、ここまでの話を知ったのは、夢から覚めた後のこと。
夢の中では、たしか…。
むつとやらの、博物館のようなものを見ただけであった。

 そうか、世の中にはこのようなものがあったのだな。
実際に見たことのないものを、夢で見るのも変な話である。
もしかしたら、テレビか何かで見たのだろうか。
NHKか何かで見たかもしれない。
自分は、夢の中ながら、そのようなことを思っていた。


 その、博物館のような場所を見学した後、なぜだか電車に乗ることになった。
電車といっても、明治の時代のような、木製の客車であった。
外は、白い霧に満たされており、遠くの風景を見ることなど出来やしなかった。


 その電車に乗り込むと、木の板を打ち付けたような床が、ミシミシと軋み音をあげる。
しかし、中は思ったよりも広く、山手線の1.5倍はあろうかという横幅であった。
向かい合う座席はなく、全てが進行方向に対して真横を向いている客席。
はて、このような山手線はあっただろうかと。


 客車の奥へとさらに進んでゆく。
するとどうだろう、座席がないではないか。
船の低い等級の船室のように、中は広々としている。
ただ、電車では見られない光景が、目の前に広がっていた。


 犬ではないか。
なぜ、犬がこんなにも乗っているのだろうか。
もちろん、飼い主はついていたが、それにしては多すぎる。
ざっと見、50はいるだろうか。
それより何より、なぜ客車の後ろに固まっているのだろうか。


 近くにいた乗務員に聞いてみた。
「この列車には何があるのですか」と。
すると乗務員は、こう答えた。
「この列車は、現在放射能漏れを起こしております」
そういうと、乗務員、ここでは乗組員といった方がいいのかもしれない、は落ち着いた様子で走る列車の扉を開けた。
外から、ひんやりと冷たい風が車内に入り込んでくる。
だが、そんなことより、乗組員の台詞が気になって仕方がない。


 ざっと、夢の中で推測するに。

  • この列車には、原子炉があり、それを動力に動いている。
  • 現在、原子炉は何らかの理由で故障しており、放射能漏れを起こしている。
  • このまま乗っていると、自分は間違いなく死ぬ。

どうも、このままでは死ぬようだ。
いや、しかし、なぜ扉を開けるのだろうか。
乗組員が答えるに「客車内に、一定の放射能が溜まると死にかねませんからね」と。
よくよく床を見ると、木目の隙間から、何やら黒い怪しい煙が出てきているではないか。
つまりだ

  • 原子炉はこの客車の下にある可能性がある。

ますます死に近づいている。


 だが、この話は夢の中の話だ。
せっかくだから、死んでみるのも乙なのかもしれない。
改めて、車内を見渡してみる。
やはり、犬を連れた人たちしか見当たらない。
大人しい犬だな、こうも落ち着いていられるとは。


 そう思っていると、乗組員は何か、こう、「扉をさらに大きく開けた」。
するとどうだろう、とたんに視界が大きく開けた。
開けた、というよりも、むしろ客車が開きになっている。
アジでもサンマでもなく、客車が開きになっていた。
「こうすれば、煙に侵されることはありませんよ」
にこやかに話す乗組員。
だが、この列車、なぜか雲を抜け、雲海のようなところを走っている。
本来、冷たい風が吹けつけるようなものだが、なぜだか自分には心地が良い。


 と、その時だ。
どこからともなく、何か、細長いものがこちらに向かって飛んできた。
黒いワイヤーのようなものが首に巻きついてくるではないか。
もしや、これがこの夢の終わりか…。
そう思ったが、どうも違うようだ。
全く息苦しくない、それどころか、夢の終わりさえも感じない。
何もかもが穏やかで、首に巻きついたワイヤーも、リボンのように柔らかい。
なぜ、ここまで穏やかなのだろうか。
風景といい、この列車の乗組員といい、犬といい、何もかもが穏やか過ぎる。
だが、ほんの少し、視線をずらすと、放射能汚染が迫っている。
開きになった列車からは、いつ放り出されてもおかしくない。


 さて、どうしようか。
正直、この先に話はあるのだろうか。
変な夢だなあ、と思いながらも、自分は現実の時間が気になっていた。
そろそろ、起きてみようか、きりもよさそうだ。
その瞬間、暗闇の中を二転、三転した挙句、目が覚めた。
タオル地の掛け布団が、首に程よく巻きついていた、が、それが首を締め付けることはなかった。


 変な夢だった。
霧、雲、列車、風。
夢の感覚で、風を感じることなどこれまであっただろうか。
それより何より、原子力列車などという物騒なもの、この世にあるのだろうか。
ただ、首に巻きついた布団が、ワイヤーだったことは推測できた。

…おわり。